メマリーの傾眠作用と在宅介護の再開 要介護5

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初めての脱水、尿路感染症、発熱

 2018年4月からヤエさんはグループホームに入所した。

97歳、要介護4、車椅子のヤエさんは嚥下機能も退行し、ムース食の飲み込みにも時間がかかり、とろみ水分も飲み込みにくくなっていた。

グループホーム入所の3週間目、ヤエさんは、脱水、尿路感染症、発熱で入院した。

病院に駆けつけると、初日は38度の高熱で苦しそうだった。 

点滴による水分補給と薬剤投入により、翌日には熱が下がり、笑顔になった。

病室の窓から見える春の若葉をとても喜んで一緒に眺めた。

看護師さんに車椅子に乗せてもらい、点滴しながら私と病院内を探索した。

猫の本を見たり、猫の DVD を一緒に見たりした。

グループホームと違って病院は、毎日ヤエさんに会えるので私は嬉しかった。

昼食から消灯まで、毎日私が一緒に過ごすので、ヤエさんも笑顔があり、自宅で一緒に暮らしているような感じだった。

こういう介護の生活ならばやっていけるなと思った。

例えば、ヤエさんと隣同士の部屋に私も住んで、ヤエさんの食事は用意してもらえ、昼間のオムツ交換もしてもらえ、入浴世話もベッドサイドでやってもらえる。 

私は食事・排泄・入浴の世話から解放され、安心して仕事に出かけ、ヤエさんと夕食を一緒にしたり、土日に車椅子で散歩したりする。

そんな夢の介護生活を空想した。

現実に戻り、消灯時刻に「また明日来るね」と言うと、ヤエさんも笑顔になった。

三日目にはベッドの脇で、舟型のお風呂に入浴させてもらった。

深部体温が上がって、入浴後ぐっすり眠っていた。

平熱になった。

入院生活でヤエさんが怒るのはオムツ交換の時だけだった。

股間を両手で隠そうとし、看護師さんの手を振り払って暴れた。

看護師さんに手首を強く掴まれて、腕に大きな血腫ができた。

ヤエさんが抵抗しなければなんでもないことなのだが、恥ずかしいらしく、排泄の世話に抵抗するヤエさんだった 。

メマリーによる眠り姫

総合診療医だと名乗る担当医師は三日目の夕方、一度だけ病状の説明に病室に来た。

そのとき「今後、メマリーとアリセプトを減らしていっていいか?」と私に聞いた。

私は飲み続けてきた薬を減らす理由が分からず、不安だったが、徐々に減らしてくれると考えて、同意した。

減薬開始日の相談に、あるいは減らした報告に、いつ来てくれるのかと私は毎日待っていたが、その医師は私が毎日行っている時間帯には二度と病室を訪れなかった。 

入院2週目、点滴による水分補給がなくなるとヤエさんは長時間の過眠が増えた。

眠り姫だった。

朝、ヤエさんは目が覚めず、看護師さんとの朝食をほとんど食べないで薬だけ飲まされて寝ていて、私がお昼に行っても寝ていて、夕方3時4時まで寝ていることもあった。

寝たままのヤエさんのベッドを起こして、なんとか車椅子に移乗させ、車椅子で病院内を散歩した。

血行が悪いのか、手足が冷たかった。

手足を温かくしてぐっすりと眠れないから、過眠になるのかと思って、看護師さんに頼んで湯たんぽを入れてもらった。

月末に入院費の支払いをすると、診療明細書には、医師が3日目に言っていたメマリーは、私との相談以前に、すでに入院翌朝から20gが10gに半減されていた。

しかも、その医師からのグループホームへの退院報告書には、「高齢で服薬が負担であり、薬は認知症の初期には役立つが、現在は薬の効果も認められないので、家族と相談の上、量を減らした」と書いてあることを知った。

薬を減らした事実と、相談した事実の時間順序が違っていた。

医師の考えで薬を減らし、家族の同意も得た、と記すべきである。

私は何年もアリセプトとメマリーの効果に助けられてきたと信じていた。

私はヤエさんが食事時刻に起きない状態に困っており、医師から「メマリーが原因である、減らしたらよくなった、中止したらよくなった」という説明がなく、医療に対する不信が生まれた。

訪問診療による水分点滴の必要性

2018年5月、退院してグループホームに戻ったが、2週間後、再び発熱し入院した。 

口からの水分摂取はますます難しくなっていた。

しかし今回は尿路感染症ではなく、単純な発熱だった。

前回の入院と同様に、点滴による水分補給がなくなると、ヤエさんは眠り姫になった。

朝、目が覚めず、看護師さんとの朝食をほとんど食べず、私がお昼に行っても寝ていて、夕方5時まで寝ていることもあった。

私は寝たままのヤエさんのベッドを起こして車椅子に移乗させ、3時間も4時間も車椅子で病院内を散歩し、夕食に起きてもらうために話しかけた。

つらい長い時間だった。

病院ではヤエさんが夕方まで起きないで、食事を摂れないということが、看護師と医師で共有されていなかった。

毎朝、朝食に起きないヤエさんを看ている看護師は、食事量のパソコン入力しかしていない。

なぜ、ヤエさんは寝ていて食べないのか、看護師から医師への傾眠報告が欠けていた。

医師は傾眠の様子も食事の様子も、私がいる午後には一度も見に来なかった。

この病院は地域の拠点の福祉病院だったが、老健施設やグループホーム・小規模多機能からの高齢者入院が多いからか、退院サマリーはグループホームあてで、毎日通って付き添っている家族には何の報告書もなかった。

家族に一番に、続いて施設に、報告はなされるべきである。

医師からも看護師からも、傾眠の原因は説明されないまま、ヤエさんは退院することになった。

しかし、ヤエさんが入院したおかげで、いいことがあった。

ヤエさんの病院に計4週間通って、食事やオムツの世話を看護師さんから学べた。

退院前に、ヤエさんを6年見てくれたデイサービスに尋ねると、退院したら再び在宅介護でヤエさんを6月から通所させてくれることになった。

デイサービスで、食事を2食、入浴を週1回してくれることになった.

ありがたかった。

私はヤエさんを退院させて、グループホームへ戻さず、医療への不信から転院させず、自宅へ連れ帰る決意をした。

退院の2日前に「うちへ帰ろう」と退院を知らせると、ヤエさんは嬉しそうに笑顔になった。 

ヤエさんは、点滴による水分補給の効果があった5日間は、目覚めて食べてくれることが多かった。

口からのとろみ水分をたくさんは飲み込めないので、点滴で身体に水分が入ることがヤエさんに必要だった。

今になって分かることだが、第一に傾眠作用のメマリー中止と、第二に在宅介護なら退院後の訪問診療による水分点滴指示の紹介状、この2点が医師から家族に明確にされるべきだ。

水分点滴と、メマリーと、傾眠と、食事量の関係は、医師だけではわからない。

水分点滴、メマリー、傾眠、嚥下、食事量の5点の関係を看る優秀な看護師が必要だ。

在宅介護の再開と3回目の入院

グループホームを2か月で退所して、ヤエさんは自宅に戻ってきた。

6月、ヤエさんはデイサービスに楽しく通ったが、7月に3回目の発熱をして別の病院に入院した。

呼吸が苦しく、心臓も弱っていて、足のむくみも引けないという説明だった。

今度の新しい病院でも、点滴の水分補給のあるうちは笑顔で元気そうだったが、点滴の水分補給が終わるとまた眠り姫になった。

その晩私はネットで、水分とメマリーと傾眠と食事摂取量について調べた。

翌朝、私から医師にすぐ「起きないのはメマリーか、水分点滴の終了のせいではないか」と申し出て、メマリーを中止してもらい、今回の眠り姫は1日で済んだ。

救急科の永井医師は、急患専門医で多忙にもかかわらず、毎日病床を診に来てくれる臨床医だった。

永井医師のおかげで私は医療を信頼し直すことができ、ヤエさんの傾眠も減少した。

要介護5や、寝たきりになったら、アリセプトもメマリーもいらないのだと知った。

永井医師はユベラ(ビタミンE)だけ処方してくれた。

新しい病院では、隣のベッドの寝たきりの方の指導に理学療法士さんが見えた。

ヤエさんも入院5日目から、言語聴覚士さんが、嚥下の仕組みと摂食の実際を教えてくれた。

ベッドを45度に起こして食べさせると、気道に入らず、食道に落ちて、誤嚥が少ないということだった。

97歳の要介護5のヤエさんに対して、言語聴覚士さんが摂食指導をしてくれるなど、前に入院した病院とは違っていた。

8月半ばに退院した。

在宅介護と、慣れたデイサービスで、介護士さんたちに家族のようにお世話してもらって、ヤエさんは穏やかな時間を過ごした。

猫ちゃん

 心理学に基づいた子ども理解と教材について語り、発達を拡大促進する創作教材を紹介します。市販教材も紹介します。
 要支援2~要介護5のアルツハイマーの親の15年の介護でやってみたアイディアも投稿しています。
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 このブログの題名「猫ちゃん」は、認知症の親が猫の名前を憶えられず「猫ちゃん、猫ちゃん」と可愛がったことに由来しています。

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