保育園を訪問したところ、保育士さんから園児の自傷に困っているという相談を受けました。
自傷は、音声言語のない自閉症の子どもさんに、よくみられる行動です。
自傷を軽減するには、まず自傷を「意思表出」として、とらえます。
子どもの弱い意思表出を、しっかりと受け止めることが大切です。
朝の会と排泄行動
10時から14時くらいまで、その子どもさんの様子を見ていました。
クラスの主担任の保育士さんの他に、その子どもさんには支援の保育士さんがついています。
穏やかで、笑顔のある、集団でも過ごせる子どもさんです。
朝の会の、歌とダンスの場面では、仲間から手をつないでもらって、ダンスの動きを真似ていました。
トイレへの移動は、先生が子どもの背面から子どもの両手を持ち、子どもの足を先生の足に乗せた形で、二人羽織のようにして、トイレまで楽しそうに移動しました。
この先は、先生のエプロンのポケットに入れておいたトイレの写真を見せて、「トイレ」と指差し、子どもにトイレの写真を持たせて、トイレまで自発的に移動できると、一層良さそうです。
トイレでは、先生にトレーニングパンツを下ろしてもらい、便座に座って排泄することができました。
先生がズボンを床に敷いて、そこに新しいトレーニングパンツを置くと、パンツを穿こうとしました。
この先生が素晴らしいのは、便器のそばで穿かせたことです。
遠くまで移動して穿かせるよりは、この子どもさんにとっては、脱ぐ場所と穿く場所が同じ方が、排尿のための着脱ということが、分かりやすいからです。
子どもの目がパンツを見て、パンツを自分でも穿こうとするので、気持ちがパンツに来ているから、テクニックは先生と私で手伝いました。
ここで、テクニックを強要すると、自傷が起きやすくなります。
自閉症スペクトラムの80%の方に、発達性協調運動障害が重なっていて、身体や手先が不器用です。
この子どもさんには、パンツの着脱の自立よりは、うまくいく経験と助けてもらえる経験が大事に思えます。
水道の水が冷たい季節になりましたが、先生に促されて手も洗い、先生に促されてタオルで手も拭きました。
トイレから園庭に出る経路に寄り道や遠回りがなく、経路が一直線上になっていることが、この子にとって分かりやすい行動計画になります。
保育室➡トイレ➡手洗場➡タオル➡帽子➡水筒➡下駄箱と、園庭に出る物理的な移動経路に、分かりにくい往復がありません。
先生方の、素晴らしい保育の配慮を、感じました。
音声言語があれば、「トイレに行ってきて」「帽子をかぶって」「下駄箱の靴を玄関に出して」の順番が、どれから始まっても、順番が毎日入れ替わっても、一般の子どもにとっては差し支えはありません。
音声言語のない子どもにとっては、物理的な移動経路や、同じ順番の行動計画がとても重要です。
砂遊び
他の子どもさんを参観した後、砂場に行ってみると、支援の先生と子どもさんとで、砂のカップケーキをたくさん作っていました。
先生はカップに砂を詰め、カップをひっくり返して置く役です。
子どもさんは、砂のプリンが壊れないように、そっとカップを取る役です。
笑顔が溢れるやり取りの中で、先生はサインを形成しようとしていました。
今のところ、先生に要求されると、それに応じてサインを表出します。
「お願いは?」と先生が言うと、子どもさんは両手を合わせる身振りをします。
「もう1回は?」と先生が人差し指を出して見せると、子どもさんもそれらしく指を突き出します。
今は真似する段階ですが、これが自発的な要求に使えるようになると、さらに素晴らしいと思いました。
砂のプリンが10個になったので、私が数えてみせました。
子どもは、結構日常生活で、数字を知っています。
歌と同じく、変わらない数字の数唱は、子どもたちの好きな「定型」「同一性の保持」です。
私がプリンを指さして、数えてみせました。
「1 2 3 4 5 6 7 8 9 10」
その次は11個目を作ってもらって、また1から数えました。
私の指先の移動を、丁寧に目で追って見ています。
12個目を私が数えた後、子どもさんが「1 2 3」らしく、真似して言いました。
構音は悪く、そうと思って聞かないと、そうと言っているようには、聞こえません。
「そう言った!」と思って聞くことが、コミュニケーションを強化します。
ジャングルジム
この子どもさんは高いところが好きで、ジャングルジムによく一人で登るそうです。
保育室に入る時間になって、「降りよう」と先生が言っても、降りたくなくて、鉄棒におでこを打ちつけて断る、というお話でした。
この日はジャングルジムに登る姿はなかったのですが、おそらく先生と並んで遊べる砂遊びに比べると、ジャングルジムはたった一人で自己刺激回路で遊ぶので、砂遊びよりは閉じた遊びだと想像できます。
自己刺激回路の閉じた遊びは、最低でも15分以上の長時間が必要なのではないか?と考えます。
そこで、砂遊びのようなコミュニケーションをとるには、先生もジャングルジムに登って、子どもさんと2人で、ジャングルジムから子どもが見ているものの話をしたり、おしまいのサインを作り合ったりすることが大事に思えました。
切り替え
他の子どもたちが遊具を片付けて、保育室に入り始めました。
この日はお天気が良かったので、園庭に給食の机と椅子を並べて、みんなで食べます。
支援の必要な子どもさんは、まだ砂場に先生といます。
先生が音声で、「終わり」と言って、皆の方を指差しました。
子どもさんは、首を横に振りました。
拒否です。
この拒否を受け止めて、全面的に先生が引けば、自傷は起きません。
しかし、皆の給食の時間帯に合わせようとして、彼の拒否を軽く考えて、強行で終わりにしようとすると、それが自傷につながります。
音声言語を、持っていない子どもさんです。
拒否の合図が、弱い子どもさんです。
音声の言葉は強く、身振りの言葉は弱いのです。
弱くても、その拒否は、子どもの大切な意思表示、子どもの言葉です。
「分かった」と、はっきり言って、OK サインの身振りも出しましょう。
おそらく、仲間の子どもたちが全員、給食の席について食べ始める頃には、彼の決意が切り替わると、私は予想して先生にそう伝えました。
給食に切り替えてもらう合図には、実物を手に持たせることが有効だと考えて、私が子どもさんのロッカーまで、子どもさんの箸箱セット袋を取りに行きました。
私が砂場でそれを見せて、「給食」と誘うと、袋から箸箱セットを子どもがつまみ出して手に持ちました。
この意味は、「まだ砂場で砂遊びをしていたいけれど、給食だということはわかったよ」という言葉だと私は理解しました。
そこで、子どもさんが自発的に切り替えるまで、待つことにしました。
切り替えには、15分かかると予定しておくと、切り替わると思っています。
想定通り子どもさんは、3分ほどで自発的に立ち上がり、プリンカップを片付けて箸箱セットを持って椅子に座りました。
支援の先生が、「いやだ」の身振りを受けとめて、給食への誘いを控えたことが、自傷のない切り替えに繋がりました。
せっかく、ご機嫌で切り替わって座ったので、「水道」と誘わないで、私が濡れティッシュで手を拭きました。
給食
子供さんの大好きなフライが出て、笑顔で沢山食べました。
隣で食べている私の手を持って、私のお皿をさすので、私のフライもあげました。
「好きなものを楽しくたくさん食べる」、これが自傷のある子どもさんの、給食の目標だと考えています。
終始機嫌よく、給食に満足したのか、大声を出して笑いました。
「こんな笑い声は初めてだ」と保育士さん方がケース会議で話してくれました。
お昼寝
給食が終わって、トイレが済んで、広いホールでのお昼寝の時間になりました。
この子どもさんは、まだお昼寝をしないそうです。
午前中の行事で、非常に疲れた時、4月からこれまで、2回だけ寝たことがあるということでした。
この日も、窓際に寄せられた、自分の布団に横になるのは、数秒でした。
私が隣に横になると、私の身体に登ってきて、私の身体の上に重なって仰向けになり、足を上げたりして運動していました。
布団で寝る、というよりは、お母さんに抱っこされて寝入る発達年齢に思えます。
大声は出さないので、みんなのお昼寝の場所に、しばらくいられます。
先生方も、無理に寝かしつけようとはしません。
みんなのお昼寝に差し支えるような状態になると、職員室に連れて行って、好きなブロックなどで遊ばせています。
大人の提案に対する、子どもの拒否のサインを全面的に受け入れて、15分待つ
この子どもさんの発達を、発達検査表でチェックさせてもらったところ、移動運動・手の運動・社会性・言語発達など、どの項目も2歳未満の発達でした。
今は2歳未満の発達であると理解して、保育することが大事です。
音声言語がまだないので、いずれの場面でも、子どもが拒否の首振りをした時、初発の拒否を大げさに「分かったよ」と全面的に受け入れて、大人の提案を引き下げることが、自傷を減らす重要なポイントになります。
仲間たちの最後には切り替わると、子どもの切替えを信じて、15分かけて、切り替えの「自己決定を待つ」ことができると、自傷は軽減されていきます。
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