小児科の療育の部屋は、臨床検査技師さんたちの検査室の一角にあります。
お互いに、患者さんとのやり取りが、聞こえてくる距離です。
ある時、車椅子に乗った高齢の患者さんが、入院病棟から看護師さんに送られて、心電図の検査にやってきました。
検査は身体に悪い
検査を嫌がる患者さんの、否定的な大声が聞こえてきます。
「検査なんか、やりたくない」
「身体に悪いこと、するんでしょ」
「そんなことしたら、死んじゃう」
「身体に悪いから、やりたくない」
患者さんは検査をしたくないのに、納得できないまま、車椅子に乗せられて検査室へ来た様子です。
自力で歩けないのに加えて、検査の意味が分からないのは、認知症があるからと思えました。
しかし、レントゲンの検査で、微量ながら被爆することが、身体に悪いという、昔ながらの知識をご存知です。
心電図の検査と、レントゲンの検査を勘違いしています。
患者さんの気持ちを尊重した臨床検査技師さんの対応
臨床検査技師さんは、患者さんの車椅子の高さにかがんで、穏やかな優しい声で、患者さんの気持ちを受け止めます。
「お医者さんが、〇〇さんの心臓が元気かなって、検査で見たいんだって」
「レントゲンとは、違う検査だから安全ですよ」
「○○さんの気持ちは、よーくわかった」
「私も、○○さんの嫌がることはしたくない」
検査室に来たての患者さんの声は、強く大きく拒否的でした。
15分ほど、検査が嫌な気持ちを、臨床検査技師さんに聞いてもらっているうちに、患者さんの声のトーンが柔らかく低くなってきました。
興奮がクールダウンするまでには、15分が必要と、私も考えています。
他の人の心電図の検査状況を目で見て分かれば踏み出すか
音声の言葉だけの説得でなく、目で見る検査の状況が必要かと思って、おせっかいな私がその場面にしゃしゃり出て、心電図検査のベッドに横になりました。
「私がベッドに寝てみますね」
「私の心臓を先に検査してください」
「安全だから見ていてください」
すると患者さんは、私の行動の意味が分かり、次のように言いました。
「私のために、そんなこと、しなくてもいいよ」
認知症の疑いが飛んでいくほどの、はっきりとした状況認知です。
驚きました。
ここは、私の出る幕ではない。
私は引っ込んで、検査技師さんの対応にお任せしました。
検査内容の予告ということでは、「こういう検査です」という写真やビデオをタブレットで見せると、患者さんに納得してもらいやすいかもしれません。
検査技師さんは翌日病室で検査しようと予定を切り替えていた
検査技師さんに気持ちを聞いてもらっているうちに、患者さんは穏やかな声になり、結局30分ほど、検査技師さんと話していました。
最後に検査技師さんは、「○○さんの嫌なことは、私もやりたくないから、お部屋に送っていくね」と言って、患者さんを車椅子で病棟に送っていきました。
病室から戻った検査技師さんに、今後の検査の予定を聞くと、「明日、病棟に心電図モニターを持って行って、病棟のベッドで検査しようと思います。」ということです。
なるほど、検査室のような慣れない場所は、患者さんは不安です。
車椅子から検査ベッドへの移動も、億劫です。
生活の拠点、慣れた病室であれば、患者さんは安心して、検査を受けやすくなります。
病室のベッドから車椅子、車椅子から検査ベッドへの移動の負担も、患者さんになくなります。
翌週、検査技師さんに結末を聞くと、病室のベッドで、心電図の検査ができたということでした。
病室から検査室までのお出かけが、楽しみな患者さんもいるし、億劫な患者さんもいる。
検査の意味が分かる人もいるし、分からない人もいる。
泣いている子どもから、検査を拒否する認知症の患者さんまで、経験のある検査技師さんの対応はみごとです。
このベテランの検査技師さんのそばには、経験の浅い検査技師さんも、30分間ずっとついていました。
こうやってベテランの検査技師さんから新人さんへと、患者さんへの対応テクニックが受け継がれていくのだなと、現場の「協働」を嬉しく思いました。
梅津八三の接近仮説
梅津八三の心理学を知らなくても、検査技師さんには、以下のことができていました。
1.患者さんの現在の勢いの受け容れ
2.患者さんの気持ちに共感した同行
3.翌日、患者さんの確定域である病室で行なった心電図検査
4.ここまでの絆で、次回は検査室での検査に踏み出してくれるかもしれない
素晴らしい対応だと思って、検査技師さんの対応の4段階を、梅津八三の言葉の文字で渡すと、とても喜んでくれました。
現勢の保障、共感と同行、確定域の拡大、新しい踏み出し(梅津八三)
自分の行動が、心理学的にもかなっている、そう認められて、検査技師さんもさらに自信を深めた様子です。
検査を拒否した患者さんが、私と検査技師さんに、仕事の協働の機会をくれました。
猫ちゃんブログへのコメント