7 脱走の後日談
お母さん猫がそうだったように、クーちゃんの脱走にも後日談がある。
クーちゃんの場合は、クーちゃんの賢さに私が救われた。
12月のある日、親の定期通院で、その日は夕方5時ごろに帰宅した。
親の世話をしていると、夜7時ごろ、遠くで「ニャー」と鳴き声が聞こえた。
いつも通りクーちゃんが「戸を開けろ」と鳴いているのだと、私は思った。
階段を覗き、「クーちゃーん」と呼んだが、クーちゃんの姿は見えなかった。
階段の戸を少しだけ開けて、親の介護を続けていた。
親を寝かせて、気付くと夜の8時になっていた。
最近のクーちゃんは、夜7時から8時の間に、ペットの炬燵から人間の炬燵に来る。
炬燵で、私の膝に乗って、ホットミルクを飲んでから眠る習慣だった。
だから帰宅してから8時まで、全くクーちゃんを見かけなくても、クーちゃんがそばに来ないことを、まだ不審には思わなかった。
親の世話が終わったので、クーちゃんの炬燵を覗いて見た。

そこに、クーちゃんはいなかった。
炬燵にいないのに、あの時確かに鳴き声がした、おかしい。
急いで人間の炬燵、ベッドの下、カーテンの奥、袋の中、風呂場、トイレなど、名前を呼びながら1階と2階をくまなく探した。



クーちゃんはどこにもいなかった。
その日は、午後の1時に玄関扉を開けたまま、親を車に乗せたり車いすを積んだりしていた。
また、通院から帰宅した5時にも、玄関扉を開けたまま、親や車いすの世話をしていた。
その時、出奔したのか。
クーちゃんが玄関を出た時刻が、1時なのか、5時なのかもわからなかった。
ショックと後悔で、私は一気に不安の渦に投げ込まれた。
急いでダウンを着て、駐車場を「クーちゃーん、クーちゃーん」と呼んで歩いた。
するとすぐ、大音量で「ニャーニャー」と声がした。
我が家の西のお宅の庭から、ガサゴソと猫らしい動きがした。
クーちゃんだった。
暗闇に漆黒のクロネコ。
私の声が分かり、お隣の庭の縁台下の灰色コンクリから出て来た。
私が駆け寄ると、クーちゃんも走って来た。
「クーちゃん」と呼びながら、境界の柵越しにクーちゃんを引っ張り抱き上げた。
身体に、トゲトゲをたくさん付けていた。

クーちゃんのいつもの白い手足は、真っ黒だった。
クーちゃんの手足を拭いて、いっぱい撫でた。
1時からそこにいたのか、5時からそこにいたのか、分からなかった。
昼間ならまだしも、12月の夜の気温は10度を下回っている。
とにかく、その日のうちに見つかってよかった。
「ごめんね、クーちゃん。日も落ちて寒い中、本当によくそこでじっと待っていてくれたね。
嬉しいよ。お腹空いて、喉乾いて、不安で寒かったね。沢山食べて、炬燵で暖まってね。」
私は泣き声で言った。

安心安全の我が家に戻って、夕飯を済ますと、クーちゃんは爆睡した。

バカな飼い主に比べて、何とお利口なクーちゃん。
偉かったね。
有難う。
西のお宅のコンクリに潜んで、時々鳴いていた。
いつか私が気付いて、探しに来るのを待っていてくれたのだ。
私は、クーちゃんのすごい知能に感動した。
野良でないクーちゃんは、あちこち動き回らなかった。
境界の高い柵を超えてウロウロせず、隣家の庭に何時間もじっとしていた。
クーちゃんが家猫で育ったことが、幸いしたのかもしれない。
我が家を記憶していて、不安でもそのそばを離れなかった。
山で遭難した場合も、動かずに捜索を待っている方がいいのだと、聞いたことがある。
初代のお母さん猫の方がお利口だと思っていたが、いやぁー、今回は賢いクーちゃんに助けられた。
階段ドアを開けたまま、さらに玄関扉を開け放しにして作業した、飼い主の私が悪い。

まいったまいった。
今後は一層気を付けて、1階の階段ドアを必ず閉めて玄関の出入りをします。
ぐぁっはっは。
クーちゃんの最長時間の脱走劇だった。
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