一平君は、音声のない、29歳のハンサムな自閉症の青年だ。
最近、付箋紙に描いた絵によるやり取りで、コミュニケーションが進化している。
①マラソンのルート変更・②将来の生活拠点の話・③調理の手順、の3つについて、絵で話し合った事例を紹介する。
絵に描いて伝えた 出入り口の変更ルート
18歳で高等養護学校を卒業してからは、運動のチャンスがないので、お母さんが一平君をマラソン大会に参加させている。
大会前の練習もあり、日曜日ごとに走る。
スイミングは、小学生の頃から今でも、土曜日の夕方に自転車で行っている。
5 km・ 10 km など、地域の色々なマラソン大会に参加して、いつも「完走」を目指している。
毎月1回、病院の療育に来る時も、1 km 位離れたベイシアマートの駐車場でお母さんの車と別れ、病院の小児科まで走ってくる。
一平君がいつもマラソンして入ってくる、小児科に近い出入り口が、コロナ対応のため、封鎖された。
正面玄関から入り、検温しなければならない。
そのことを、付箋紙に絵で描いて、一平君に説明した。
「ここから入ってきてね」と、正面玄関で一平君の写真も撮って、一平君に見せた。
お母さんの携帯にその画像を送った。
翌月、心配性の私は、初回だけ見守ろうと、ベイシアマートの駐車場まで迎えに行ってみた。
一平君は、道路の端を走れる。
実際には、一平君の走る速度が速く、私は一平君に追いつけなかった。
遅れた私が正面玄関に行ってみると、一平君は病院職員の検温を静かに受けていた。
検温の紙と体温計のような道具を見せると、初対面の職員であっても、実によくその方の説明がわかる一平君だ。
翌月は、私が前月に依頼した通り、病院出入りのルート変更を、一人で実行できた。
一平君の頭の中に、病院周辺の地図が出来上がっており、前月の私の簡単な付箋紙説明地図で、理解と実行ができた。
小中学生時代は、こだわりの強かった一平君が、今回、走り慣れたルートを変えるかどうか、私は内心疑っていた。
一平君は、私の予告の紙だけで、見事に翌月実行した。
私がもっと、一平君を信用した方が良い。
お母さんと一緒に、たくさん褒めた。
一平君も、誇らしげだった。
絵に描いて伝えた 自宅・作業所・将来のグループホームの話
週に5日ある作業所の仕事を、一平君は週に3日勤務と決めて、火曜・木曜・金曜の午前中だけ行っている。
月曜・水曜・土曜・日曜は、一平くんの行きたがるところに、お母さんが付き合っている。
1日24時間、週に7日間、それを29年間、お母さんはずーっと一平くんに付き合っている。
それでもお母さんは、まだ、一平くんをグループホームに、手放す気はない。
「一平がいなくなったら、私(お母さん)がきっと、することが無くなって、変になっちゃう。」
私がグループホームの話をすると、お母さんはいつもそう言う。
一平くんのお母さんから、親の愛情というものを知る。
可愛い一平君のそばにいて、同行することが、お母さんの幸せだ。
一平くんが行っている作業所で、同じ系列の新しいグループホームの建設が完成した。
グループホームの内覧会があって、お母さんは職員の方に誘われて、一平君と出かけた。
一平君は、作業所では、職員の指示に何でも素直に従うので、職員の方にすると、一平くんのような人がグループホームに入ることは、大歓迎らしい 。
しかし、お母さんは、まだ、一平くんを、グループホームに入れるつもりは、ない。
こういう場所があるという知識として、一平君と出かけたようだ。
お母さんの話によれば、女の子用のグループホームだということで、一平くんは男性なので除外されている。
内覧会に行ってきた一平くんは、家に帰ってから、少し興奮気味だったそうだ。
グループホームに、入れられてしまうのかと、心配だったのかもしれない。
そこで、先日の一平君とのかかわりで、「女の子用のグループホームだから、心配いらないよ」「一平くんは、まだまだずっと家にいる」ということを付箋紙に簡単な絵で描いた。
小中学生頃は、「何々は困るよ」という、一平くんにとってマイナスな話をすると、視線が他へ行って、上の空の感じがした 。
29歳になった一平君は、じっと絵を見て、話を聞いてくれた。
表情も穏やかで、「家にいる」ということに、安心したようだった。
つい我々は、自分が楽だから、何でも音声だけで説明してしまうが、ちょっと絵や文字で書いてやると、 一平君たちにわかりやすい。
絵に描いて伝えた 料理の手順
一平君は、週休4日なので、お母さんは数年前に土地を借りた。
一平君と一緒にその畑で野菜を作り、水やりをし、収穫した野菜をおうちで調理して、一平君に色々な(自立)活動の時間を作っている。
それを一平君は、高等養護学校時代に覚えた授業科目「せいかつ」と呼んで、私との療育のやり取りでも、付箋紙に書いて私に教えてくれる。
お母さんに最近の困りごとを聞いたら、「肉野菜炒めを作らせる時、野菜を先に入れてしまう」と話してくれた。
そこで、一平君に、簡単に、付箋紙の絵と文字で、「①肉 ➁きのこ ③やさい さいご」「頼むね」と描いて伝えてみた。
これも、私の描く絵と文字を、じっと見て、よく聞いていてくれた。
次回、一平君に、野菜炒めの手順をどうしたか、聞いてみたい。
できれば、一平君に、「野菜炒めの順番を書いてみて」と伝えて、書いてもらおう。
他の困りごとは「ボンドを買って、何でも貼り付けちゃうので、開かなくて困るものがある」ということだった。
「ボンドは困るけど、セロテープや養生テープなら買っていいよ」と描いてみた。
これも、じっとよく見ていてくれた。
そうしたかどうか、次回、一平君に結果を聞いてみたい。
最後に一平君に、「きょうは病院の帰りにどこへ寄りたいのか?」と聞くと、「イトーヨーカドー」と書いてくれた。
「くるま」と書いてくれた理由は、マラソンや自転車でなく、車で行くという意味だ。
以前は、お店の名前1つだけ書いていたが、前後に乗り物も書くようになった。
毎日一平君に付き合って、一平君のできることを増やしているお母さんの努力がある。
お母さんの努力は、学校教育を卒業しても進化を続ける、一平君に表れている。
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