1 ネットでの出会い
2代目猫のクーちゃんは、13歳で我が家に来た。
人間の年齢に換算すると、70歳くらいだ。
初代のお母さん猫が春に死んで3か月、やっぱり猫のいない生活は寂しくて、ネットで保護猫を探した。
2年前に東北の震災があり、自分にできることは、被災した猫ちゃんを貰って育てることかな、と考えた。
東北の震災といわき市犬猫を捨てない会
福島県で被災したかたが、アパート住まいになって、猫を飼い続けられず、クーちゃんは「いわき市犬猫を捨てない会」に保護された猫だった。
クーちゃんは0歳から11歳までずっと、家猫として可愛がられていた。
震災の後も、11~13歳の2年間、いわき市の保護センターで、とても大切に可愛がられていた。
クーちゃんは奥目で、口のとのチョビ髭が印象的な猫だ。
クーちゃんの名前の由来は、飼い主さんのお孫さんが「クッピ」と名付けて、呼んでいたことからという。
クーちゃんは、震災当時11歳と高齢だったために、その後2年間、新しい飼い主が現われなかったのだそうだ。
「この猫の余生を、家庭で過ごさせてやりたい」と、保護協会のホームページの、クーちゃんの飼い主募集の記事に、そう書かれていた。
初めて飼ったお母さん猫が、12歳で死んだので、クーちゃんが13歳だということに、見えない縁を感じていた。
生きていれば、お母さん猫も13歳だった。
メールのやり取りで、クーちゃんを託してもらえることになった。
いわき市まで、片道260キロ、車で迎えに行った。
クーちゃんはいわき市で、保護猫として、2階建ての立派なケージで暮らしていた。
エアコンの完備されたコンテナハウスで、大事にされていた。
保護猫とは言え、初対面でも足元にすり寄って甘えて来る、もともとは人懐こい家猫だ。
車で我が家に向かう
お昼ごろ、いわき市でクーちゃんをキャリーバッグに預かった。
キャリーバッグのベストセラー
クーちゃんは、出発した車の中で、大して鳴かなかった。
狭いキャリーバッグで、外が見えないことが、かえってよかったらしい。
後部座席のバッグの中で、クーちゃんは小さくなって、じっと身をひそめていた。
いわき市を出発して、すぐは少し鳴いたが、次第に鳴かなくなった。
移動は不安だったと思うが、家猫育ちだからか、雄にしては穏やかな猫に思えた。
保護団体の代表者のかたが、クーちゃんの新しい首輪と、メディファスの餌 と、クーちゃんの匂いの付いた毛布を2枚、持たせてくださった。
予防注射と爪切りも、お迎えの直前に済ませて下さっていた。
クーちゃんに対する愛情を感じた。
最後まで大事に守るね、と高速道を走りながら、クーちゃんにつぶやいた。
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