デイサービスの選び方

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医療型デイサービス定員25人

 皆さんのご家族が通われているデイサービスはどんな対応だろうか?

我が家は11年間で3つのデイサービスを経験した。

デイサービスは、リハビリに特化したデイサービスを選択するなど、2か所を同時に使うことも可能だ。

89歳、要介護1のヤエさんが初めて行ったデイサービスは、我が家から距離が近いデイサービスを選択した。

そこは私が一緒に歩けば、ヤエさんが杖でゆっくりと歩いて行ける、我が家から1kmくらいの距離にあった。

選択は偶然であるが、そこは比較的人数が多い25人定員の、医療型のデイサービスだった。

看護師さんのいるデイサービスで、所得税の医療費控除の対象になる。

フロアも広く、入浴のお風呂も大きく、リハビリの機器もいくつかあった。

初日は私が一緒に行って、13時から16時までの3時間余りを一緒に過ごし、場所についてヤエさんに安心してもらうようにした。

初日はテーブルで隣同士に私も一緒に座り、利用者の皆さんのカラオケの様子を拝見した。

ヤエさんはよそゆきの顔でニコニコと過ごせた。

このデイサービスの送迎の車の時刻は決まっていて、2台のマイクロバスが一斉に9時半と16時に送迎する。

私は自分が安心して仕事するために、ヤエさんをデイサービスへ預けることは少々気が引けた。 

ヤエさんは自宅で新聞を読んだり、テレビを見たり、家族の見守りでのんびりマイペースで過ごすのが好きだった。

「私のために行ってね」 そう頼むとヤエさんは嫌がらずに出かけてくれた。

私が昼食後の13時頃送って行って、16時のマイクロバスで送ってもらう。

18時頃までヤエさんは一人で留守番をしている、そういう利用の仕方だった。

そのデイサービスでは塗り絵をしたり、手芸で作品を作ったり、カラオケをしたり、足湯をしてくれたり、爪切りをしてくれた。

要介護1で、気持ちの言葉を私に話せたヤエさんは、「他の人が使った洗面器で足を洗いたくない」と清潔について愚痴をこぼした。

ヤエさんの愚痴によれば、人が使った洗面器は嫌だったようだ。

また「ぎゅーっと手を引っ張って爪を切る」と介護士さんの一方的な仕草についても愚痴をこぼした。

家出事件

この初めてのデイサービスにお世話になった1年後、私がヤエさんに前夜「私が仕事を続けたいから、施設へ入所してくれ」と話したら、翌朝早くヤエさんが自宅から10km以上離れた生家に向かって家出をした。

自分ではアサヒメディカルシューズのチャックも忘れてできないヤエさんが、杖を突き、悪い足で3kmくらい歩いて行ったようだった。

その日は台風の翌朝で、路面も濡れていて、転倒して救急車で運ばれる事件になった。

その事件があって、90歳のヤエさんは要介護3に認定された。

ヤエさんがデイサービスの車で帰宅する16時から、留守番をしている18時まで一人にできなくなり、10 km ほど離れたところに住んでいる姉に、半年間ほど見守りに来てもらった。

自動扉殴打事件

ある時ヤエさんはデイサービスの活動中に、多分声をかけてもらえずに?ひとりにされて?構ってもらえない時間があり、つまらなくなって?家に帰りたくなったらしい。

「家に帰らせて下さい」そう言ったが止められたので、少し興奮して「お客さんが来ているから帰る」と、鍵がかかっている出入り口のガラスの自動扉を叩いたそうだ。

我が家では全くそんなことのないヤエさんだった。

初発の希望や行動を否定すると、認知症者も自閉症児も興奮する。

初発は否定せず「そうだね、行ってみよう」と玄関まで一緒に歩きながら、「時間が来たらバスで送るよ」と 言えば良い。

その人の行動のベクトルの方向に沿うことで、分かってもらえたと安心して、気持ちが落ち着き、急な行動は静まって、こちらの言うことに耳を傾けてくれる。

しかし初めにガツンと「だめだよ」「まだだよ」「いかんいかん 」と止められると、激しさが増し、興奮や怒りが増す。

弱い立場の人の決意の初発を否定しない、というテクニックは、育児にも教育にも介護にも通ずる。

ヤエさんはテーブルに座っていた時に不満がつのり、自動扉を叩いた時には興奮は最高潮になっていたと思う。

一人にされてつまらなくなったから、帰ろうとしたが、帰る自由がないことになって、爆発した。

ヤエさんが「お客さんが来ているから帰る」と言った理由は、姉が毎日来ていたからだった。

おそらくデイサービスの介護士さん方はそういう我が家の事情まで飲み込んでいない。

この日の件について代表者の方がヤエさんの帰宅前に携帯電話をしてきてこう言った。

「おうちで何かあったんですかね。ヤエさんが興奮しています。」

この言葉は代表者にあるまじき責任転嫁の言葉だった。

認知症者の暴走は直近の出来事をきっかけにした爆発が多い。

直近の出来事の原因・過失を認めない、デイサービスの代表者の詭弁だった。

デイサービスの資質が疑われた。

代表者は「認知症者に帰宅願望の時期がある」と知っているにもかかわらず、ヤエさんに寄り添わなかったのだ。

一年半お世話になったが、私はデイサービスを変える決心をした。

小規模多機能 通所介護デイサービス定員12人

大人数のところはヤエさんに合わないと考えて、2番目のデイサービスは、ケアマネさんに少人数のところを探してもらった。

小規模多機能型居宅介護という場所で宿泊部門もあり、その中の認知症対応型通所介護デイサービスを利用させてもらうことになった。

建物も新しく介護士の皆さんも一生懸命で、特によかったのは迎えの時刻を我が家の都合に合わせてくださることだった。

ヤエさんも午前中から行くようになり、入浴させてもらったり、お昼を食べたりするようになった。

特に夕方、18時まで見ることが可能かどうか、市役所と交渉してくれるというところまでお世話になった。

介護資質のある若い一人の女性の介護士さんが、とても親切だった。

91歳、要介護3、ここも1年半お世話になった。

ヤエさんが、昼間は一日デイサービスで過ごすということに慣れてくれた。

認知症対応型通所介護デイサービス定員12人

92歳、要介護3、ケアマネさんが「素晴らしい介護士さんたちがいます」と紹介してくれて、3番目のデイサービスに行くようになった。

介護士さん方が全員、気持ちの純粋な、介護資質の高い方々だった。

「大きな施設で施設介護を12年経験し、もう少しアットホームな居宅介護を仕事にしたい」という考えを持った代表者の方がそのデイサービスをリードしていた。

午前中のお迎えは我が家の都合の時間に合わせてくれた。

送りは、16:30と決まっていた。

私は仕事が17:00までだったので、どうしても帰宅は18:00頃になってしまう。

デイサービスの介護士さんがたの親切な気持ちのおかげで、サービスの仕事の範囲を超えて、16:45ごろ、ヤエさんが我が家の2階の炬燵に座るところまで送ってくれた。

デイでヤエさんに「帰ろうかな」という帰宅願望が出ると、「行きましょうね」と一緒にと玄関まで降りてくれた。

介護士さんは玄関でヤエさんと靴を履いて外のベンチに一緒に座り、「遠いから夕方車で送りますよ」と言って、見える山や畑の話をする。

ヤエさんはデイの玄関外へ出ることができて満足して、話をして部屋へ戻る。

介護士さんが「歩きましょうか」と一緒に歩いてくれることもあった。

しばらく歩いて、「車で夕方おうちまで送りますよ」と言ってくれてデイの部屋へ戻れることもあった。

ヤエさんの気持ちと勢いに沿ってそういう対応をしてくれた。

我が家の事情に合わせたサービスの提供

次にデイサービス全体の営業時間を8:30~17:30に変更してくれて、我が家の契約内容を更新し、送りを特別に17:30としてくれた。

有り難かった。

17:30にデイサービスのフロアを出て、階段を下り、デイサービスの車に乗り込むと17:35頃になる。

デイサービスから我が家まで10分から15分かかるので、ヤエさんは17:50頃我が家に到着し、私が駐車場に車を停めるのとほとんど同時ぐらいに帰ってくる。

5年間、夕方はいつも気持ちが急いていた。

保育園に乳幼児を預けて働くママさんたちのお迎えに焦る気持ちと同じだった。

帰宅を急ぐあまり、私は80 km 制限の高速を24 km オーバーの104 km で1度捕まり、40 km 制限の一般道を24 kmオーバーの64 km で一度捕まった。

信号が黄色に変わるとイライラし、直前の車が遅いとイライラした。

信号を避けてたくさんの脇道を通り、ヤエさんの帰宅に間に合うように、イライラ運転の5年間だった。

1年350日、見てもらえた

要介護3、このデイサービスにお世話になった初めの2年間は、平日だけ預けていた。

後から土日も預けられると知って、土日もヤエさんに5時間デイへ行ってもらうようにして、私にも休息の時間ができるようになった。

土日に見てもらえることは本当にありがたかった。

94歳、要介護4になり、利用料も26万円から30万円に増えて、私が仕事がある日は7時間、そうでない日は5時間、ヤエさんにデイへ行ってもらった。

通院日以外の1年350日くらいをデイサービスに行ってもらった。

このデイサービスは1年間で三が日の3日しか休まない、本当に利用者目線の、介護家族目線の、ありがたいデイサービスだった。

介護士さんたちの人柄も暖かく、ヤエさんは毎日喜んで出かけた。

デイサービスに行くことを一度も嫌だと言ったことがなかった。

最後の5か月も見てくれたデイサービス

97歳、要介護4、ヤエさんが世話をしてくれる意図を汲むことが難しくなってきた。

入浴世話の際に、拒否が増えたヤエさんを、デイサービスの介護士さん方は最後まで親切に家族のように世話してくれた。

2018年、私の介護疲労で、5か月ほど、あちこちの施設介護と病院入院のお世話になった。

病院に1か月付き添ってみて、看護師さんの世話の仕方を私も憶えた。

ヤエさんが要介護4で、車椅子とオムツとムース食でも、自宅で介護できる方法が分かった。

ヤエさんの脱水・尿路感染症・発熱の入院がなかったら、私はオムツの世話が分からず、ヤエさんを施設介護に預けたままだったと思う。

入院生活の後、ヤエさんはまた自宅に戻ってきた。

自宅に引き取れたのも、5年お世話になったこのデイサービスさんが、「うちで見ます」と言ってくれたおかげだった。

車椅子とオムツになったヤエさんを、歩ける人ばかりのデイサービスで見てくれた。

デイサービスフロア全体の1/3はヤエさんのコーナーになっており、ヤエさんは車椅子から春山満のサポートチェアに移乗させてもらい、こたつテーブルでムース食の食事をさせてもらい、車椅子からトイレ便座に移乗させてもらい、トイレで清拭してもらって、ベッドで昼寝をさせてもらい、新しいパジャマに着替えさせてもらい、オムツを交換してもらった。

要介護5の寝たきりのヤエさんの世話を、デイサービスの介護士さんたちが心を込めて世話して下さった。

要介護5のヤエさんの世話は大変で、施設介護やグループホームの担当の仕事に思えた。

1日2食の食事の世話、排泄の世話、清拭の世話、着替えの世話をデイはやってくださった。

自宅でもヤエさんはオムツ交換だけは激しく拒否するので、デイで夕方オムツを新しくしてもらえて私は助かった。

私は、ヤエさんが寝る時と、朝起きた時の2回だけ、オムツの交換をすればよかった。

本当に助かった。

このデイサービスのお世話になれなかったら、ヤエさんの最後の幸せな在宅の半年はなかった。

今でもありがたく、デイサービスの介護士さん方の介護に対する熱意を私はこの先も忘れない。

幸運な出会いだった。

 行動調整の心理学、心理学に基づいた子ども理解、新しい行動を形成する創作教材、について紹介します。市販教材も紹介します。
 要支援2~要介護5のアルツハイマーの親の15年の介護でやってみたアイディアも投稿しています。
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 このブログの題名「猫ちゃん」は、認知症の親が猫の名前を憶えられず「猫ちゃん、猫ちゃん」と可愛がったことに由来しています。

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