引きこもりの人の得意なことを形成する方法

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教育仮設No.12-1 こもりびと その2

 再び NHK テレビで「こもりびと」の第2回目の後半部分を、偶然深夜に見た。

今回は、ドラマでなく、ドキュメントだった。 

20年から30年の引きこもりの末に、自死された事例が、家族や支援者側から語られた。

そして思った。

常に適応や踏み出しをねらう私は、傲慢なのではないか 。

自分が社会に適応して暮らしているから、適応がいいと思い、踏み出さないか!と迫るのではないか。 

適応がささやかでも、生きているだけでいいのではないか。

私は40年の障害児教育から、それを学んだのではないか。

そう思った。

そうであれば、青年が引きこもった時、 「元に戻りなさい、適応しなさい、踏み出しなさい」と迫るのは、嘘だと思った。

自分が正しい、適応が正しい、踏み出すことが正しいという、適応している者のおごりだと思った。

教育仮設No.12-2 現勢の保障(梅津八三)

大切な家族が引きこもった時、最初に「あなたのままでいいのですよ」という、現勢の保障が大事だ。

挫折して、自分を責めている当事者に、存在することに価値がある、存在への自信を伝えたい。

きょうからでいい、かける言葉としたら、

「あなたが生まれて嬉しかった」

「生きていてくれるだけでいい」

「ご飯を食べて、お風呂に入って、我が家で眠る、それで安心だよ」

「話したくなったら話してね、いつでも聞くよ」 

教育仮設No.12-3 共感と同行

適応を失ったことがない人が、適応を失った人にかける言葉だから、なんと言葉をかけたらいいか、難しいとは思う。

挫折した状況に共感を示し、挫折とは無関係で、家族と一緒に起こせる活動を提案するといい。

「うまくいかないことあるね」

「思い通りにならないことあるね」

「無理したんだね」

「休むといいよ」

「話したくなったら話してね、いつでも聞くよ」 

「留守番ありがとう」

「洗濯物を入れてくれてありがとう、畳んでくれてありがとう」 

「食器を洗ってくれたんだね、ありがとう、助かるよ」

「一緒にお風呂を洗ってくれる?」

「一緒にガラス磨きをしてくれる?」 

「一緒にお墓参りに行ってくれる?」

「一緒に旅行に行こう、行きたいところがあるかな」

「一緒にお料理しよう、食べたいものがあるかな」

「一緒に買い物に行こう、重たいものを持ってね」

「一緒に散歩しよう」

「イヌか、ネコか、ペットを飼おう」

「猫の餌やりと、トイレの取替えを頼むね」

「我が家の役に立ってくれてるよ、とっても嬉しい」

「家で家事をしてくれると、お父さんもお母さんもとっても助かる」

「心配しないで、あなたが家事をしてくれたら助かるし、お父さんとお母さんが安心して長く外で働けるから」

「学校を卒業できて、話せて、歩けて、家の役に立ってくれて、それで十分だよ」

以上のような言葉かけと、一緒にする活動の中で、当事者から少しずつ、挫折の理由が話されるのだと思う。

耳を傾けて、常識を持ち出して否定せず、つらかった気持ちを聞いてやりたい。

教育仮設No.12-4 確定域の形成と維持

以前の趣味を思い出せるといい。

新しい趣味を一緒に見つけるといい。

家庭で、趣味に夢中になれる時間が持てるといい。

誰でも人は、自分ができることや、自分にとって最も楽に起きやすい行動をするから、ゲーム依存になる方もいるかもしれない。

ゲーム依存を否定したり非難したりするのでなく、それとは別に、一緒に対面してできる趣味を共有できれば、新しい確定域の形成だ 。

「トランプをしよう、オセロをしよう、将棋をしよう、五目並べをしよう、三目をやろう」

「トミカが好きだったね、トミカ博物館に行ってみようか、大人でもマニアの人がいるらしいね」 

「蒸気機関車 SL が好きだったね、 山口県を走る貴婦人に乗ってみようか、お母さんも乗ってみたい」

「プラモデルが好きだったね、最近はどんなのが流行か、本屋さんに行ってみよう」

「カレーが好きだよね、ステーキが好きだよね、一緒に料理してみよう」

「一緒にいろいろやってみて、趣味を見つけよう」

「あなたが好きなことを楽しんでやっていてくれる、一緒にできる、あなたの笑顔が見たい」

引きこもった翌日から家族に非難されて、家族とも顔を合わせず、自室だけにこもってしまう自室引きこもりでなく、家庭内は自由に大手を振って生活できる家庭内ひきこもりがいい。

それには、現勢の保障、共感と同行、確定域の維持が、かかわり方の重要なポイントだ。

教育仮設No.12-5 家族への説得は支援サポーターが行なう 、アプローチも支援サポーターがやってみせる

現勢の保障、共感と同行、確定域の維持、それだけで、人は十分生きている価値があるのではないか。

家を一歩出た、外の世界の社会に、大勢のように適応できなくても、家族に守られた、家庭生活に適応できることで、十分ではないか。

当事者の親になってみると、なかなか上記のように考えられず、親の責任として、親亡き後の子どもの自立を願い、どうしても社会に適応させたいと考えやすいと思う。

それが、100万人ともいわれる、引きこもりの人たちを作ってきた。

2021年3月末までで、精神科の医師の家庭訪問診療が、保険診療から外されるそうだ。

そこで、自治体の支援サポーターの役割が重要となる。

引きこもりの初期(1~3か月以内)に、自治体の福祉課に、家族がぜひ相談してくれるように、自治体はもっと広報しなければならない。

老人福祉も大事だし、障害児者福祉も大事だ。

そして引きこもりの方々の初期支援も、欠かせない課題だ。

両親や家族への、上記の提案が必要だと思う。

適応している側の立場で考えるのではなく、適応を失った側の立場に立って、その方の存在を尊重すること、その方の生命活動を尊重することを、自治体の支援サポーターが家族に説得することが大切だ。

教育仮設No.12-6 踏み出せなくてもいい、結果として、おまけに起きる踏み出しでいい 

家庭で、家族の一員としての役割をしてくれて、朝起きて夜眠るささやかな生活をしてくれているだけでいい。

家族がそのように思えた時、当事者の方の不安や緊張や自己否定が緩む。 

支援サポーターの提案する場所に家庭から出かけて、支援サポーターと仲間と、お互いの趣味を認め合えるような場所への移動行動が起きると思う。

冒頭に記した NHK のドキュメントでも、支援していた引きこもりの方に自死された支援サポーターが、「自分が適応適応と強力に説得しすぎた。もっと当事者の方の好きなこと・起きやすいこと・楽しみとなることをバックアップできたら良かった。社会に適応することだけを今は強力には勧めていない。そのような気持ちで接したら、引きこもりの3人の方が、週に3日こちらの送迎で家から出かけて来てくれて、特定の場所で1日を過ごせるようになった。」と語っていた。 

社会に適応するよりも、かけがえのない、その人自身の人生に適応して生きていくことが大事だ。

予想以上の展開がありうる。

現勢の保障、共感と同行、確定域の維持の中で、当事者の方に笑顔が出るようになった時、自分の存在に自信が持てるようになった時、結果として、わずかな踏み出しが、家族と支援サポーターによって起きる気がする。

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