36 お母さんの腎臓病
翌年も、夏に皮膚炎が出た。
お母さんは、11歳になっていた。
人間で言えば、65歳くらいだ。
秋になっても皮膚炎は、動物病院の塗り薬では直らなかった。
多飲多尿
秋、お母さんが突然、多飲多尿になった。
インターネットで調べると、腎臓病の症状だった。
慢性腎不全になると、多飲多尿から半年くらいで亡くなるらしい。
最後は失禁、尿毒症、痙攣などが起きるそうだ。
人間もそうだが、治る見込みの少ない病の治療を、通院の意味の分からない猫に押し付けることはどうなのか、私は迷った。
猫であるお母さんに、人間の私の愛情の押し売りはためらわれた。
親の介護に時間を取られることもあって、私はもうお母さんを動物病院に連れて行かないことにした。
腎臓病の猫の在宅介護
お母さんは、私が家にいると、日向ぼっこをして静かに過ごした。
私が着替えて出かけようとすると、それが分かって悲しそうな目で私を見た。
2階の階段の戸を閉めるとカリカリと掻いて、1階の戸まで追って来た。
愛しい。
下部尿路対応の餌にしたら、お母さんの1回あたりの尿量が減った。
お母さんが若い年齢の時から、そういう餌にしてやればよかった。
猫について、何にも知らない飼い主だ。
私が帰ると、お母さんは炬燵にいて、頭を出して暖を取っていた。
寒いとくしゃみが多く、目やにも出た。
それでもまだ猫らしく、身体のお手入れができるのか、飲み込んだ毛玉がジュータンに吐いてあった。
お母さんは痩せて、亡くなったときの灰色のような三角顔だ。
鳴いて私を呼んで、留守中のトイレをきれいに掃除させる。
トイレで排便すると、柔らかい黄色の便だった。
まだ、トイレで排便してくれる。
以前と変わらず、きれい好きだ。
羽毛布団やトイレに、血尿があった。
私の留守に軟便でトイレが汚れ、すぐに片付けてもらえないから仕方なく、羽毛布団に排尿したようだ。
きれい好きの猫が粗相をするときには、それなりの理由がある。
私が帰宅してからは安心したのか、炬燵とホットカーペットで暖まり、ムースやスープを少し食べた。
夜は、寝よう寝ようと私を呼びに来て、ベッドの羽毛布団の上で、ガーッと寝た。
その後、小康状態の日もあって、お母さんは炬燵にいたり、香箱座りをしたり、爪研ぎをしたりした。
下部尿路用の餌を食べ、便も出て、スープを3袋食べることもあった。
水しか飲めない
2月下旬、お母さんはやせ細り、ついに水しか飲まなくなった。
それでも、夜は炬燵に来て、私のそばでジュータンに臥せった。
私と一緒に眠るとき、ベッドに上る力がなくなり、よろけた。
段ボールを積んで、階段を作った。
水だけしか飲まなくなって、4日。
汚さないように、枯れて逝くように、そうしているのかも知れなかった。
身体をそっと撫でたり、マッサージしたりしてやると、お母さんは眠った。
昼間は、ベッドの羽毛布団で寝て留守番し、夜は炬燵で静かに過ごした。
階段を、昇降出来なくなった。
移動は、私が抱いて動かした。
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