中学生が検査に来ました。
保護者、学校、医師から、検査結果を支援及び進路についての検討資料にしたい、という依頼です。
待合室で親子に挨拶すると、保護者は柔和でしたが、本人は硬い表情でした。
本人の表情や廊下の歩き方から、検査を受けることに納得できないまま、病院小児科に来たのだと想像しました。
表情も座り方も、やや反抗的に見えます。
保護者からは、初めての場所、初対面の人への緊張が強い、という情報です。
今回は、子どもが手にしている実物が子どものことば、そのことばを我々が受け止めると、子どもの行動が適応的になる場面を紹介します。
子どもとの係わりでいつも思うのは、その子の好きなもの、得意な領域=確定域(梅津八三のことば)は何か
病院小児科で、初めて会う子どもが、どんな服を着ているか、水筒やリュックやペンケースは、どんなものを持っているかを、観察することにしています。
そこに、本人の趣味と、会話の糸口が隠れているからです。
小児科の療育だけでなく、保育園や学校訪問の時も、その子がどんな服を着ているか、どんな文房具を持っているかが、挨拶のきっかけになります。
アディダスの服を着た中学生は、検査室の椅子の背にもたれて、反り返って着席しました。
本人の隣に座った保護者は、ウルトラマンの人形を2体、手に持っています。

初めての場所、初めてのことに緊張するということで、家から待合室まで本人が持ってきたのだと思います。
保護者が持っていた理由は、おそらく待合室で、検査だからと、保護者が本人から預かったのだと思いました。
そこで、「○○くんが持っていていいよ」と声をかけると、保護者から手渡されたウルトラマンの人形を、すぐに右のポケットに自発的にしまいました。
小さい子であれば、手に持ち続けると思うのですが、ポケットにしまうところは、さすが中学生です。
大事だからしまったのか、恥ずかしいからしまったのかは分かりませんが、ウルトラマンを手放してポケットに納めたということは、検査を受けてくれるに違いないと思いました。
保護者には、問診票に記入しながら、待合室で待っていてもらうことを親子に話しました。
母子分離は、問題ありません。
保護者が部屋から退出し、本人と私の2人だけになりました。
私から、学年、担任の先生の名前、学校名、住所など、色々と質問しても、無表情で無言です。
この様子では、場面緘黙のように、音声の回答をもらえないかと、少し不安になりました。
ちょうど自分がiPad を持ってきていたので、iPad で文字回答してもらうか、鉛筆で紙に書いてもらうか、2つの回答の仕方を脳内で想定しました。
ウルトラマンが彼の好きなもの=確定域の共有
病院小児科の療育に、ウルトラマンを好きな子どもは何人か来ます。
おもちゃ売り場でもらった、カタログ冊子を数種類、机の引き出しに持っています。

本人の好きなものに対する、こちらの応え方として、ウルトラマンのポスターを、検査を始める前に、彼に出して見せました。

笑顔も、声も出ませんが、拒否せず、自分から4つ折りのポスターを広げて、表のウルトラマンも、裏の怪獣も、見ています。


手に取った彼の姿から、彼の趣味にこちらも応えることができた!
実物による会話が成立した瞬間です。
検査を始めるチャンスだと思いました。
「ウルトラマンのポスターは、隣の椅子に置くね」と片付けましたが、抵抗はありませんでした。
検査の回答に、音声は全く使わないかと心配しながら、「〇時〇〇分まで、16種類の検査をやる」ことを予告しました。
初めの手を使う課題のあと、音声の質問に答える課題も、初問からスンナリと音声で答えてくれました。
「答え方に困った時は、このカードを指さしてね」と、わかりませんカードを机の端に置きました。

分かりませんカードは、検査の初めのうちは指さしていましたが、途中から音声で、「わかりません」「知りません」「飛ばす」を交替で言ってくれました。
この中学生が検査に前向きになってくれたポイントは、彼の好きなウルトラマンに関するやり取りだったと思います。
ウルトラマンのポスターを持っていなかったら、ウルトラマンの絵を1体描くのでもいいし、知っている限りのウルトラマンのキャラクター名を書いて、そこにないウルトラマンの名前を、彼に1つ聞き出すか書いてもらうのでも良い。
その子が好きなものは何か、その子の確定域は何か、その確定域を共有しようとするアプローチが、初対面でも関係を構築するポイントです。
検査が終わると、中学生はウルトラマンのポスターを手に持って帰りました。
学習支援には確定域を使う
彼の学習支援についても、
ウルトラマンの算数文章題、
ウルトラマンの歴史に関する漢字、
ウルトラマンを描いたり造ったりする図工・美術・技術、
ウルトラマンの市場調査などの社会科、
ウルトラマンの骨格から学ぶ理科、
ウルトラマンと競争する体育、
ウルトラマンが喜びそうな調理の家庭科など、
ウルトラマンという確定域を教科学習と結びつけると、彼が学習に取りかかりやすく、彼が学習を楽しめていいと思います。
子どもの確定域をスタートにして、確定域学習を拡大し、そこから踏み出しやすい教科学習へと、さらに展開していくとよさそうです。
まとめ
子どもが持っているもの、子どもが見ているもの、それら実物や写真は、音声ではないが、子どもの大切なことばです。
音声で表出されなくても、実物のことば、子どもの手や目のことばをキャッチすると、子どもの確定域を共有でき、子どもの行動は、我々の提案に対して適応的になります。
「確定共有(中野尚彦のことば)」は、心理検査場面でも、係わりの重要なポイントです。
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