心理学者梅津八三は、新しく踏み出せる行動を「革生行動」と呼びました。
生命活動に、革命的な新しい行動が起きる状況です。
踏み出しの起きやすさ・起きにくさ
通常学級に、毎日元気に通える子どもたちは、登校に対して難なく「踏み出せる」子どもたちです。
教科書の学習、先生の音声の説明や指示に対しても、脳内イメージを持って、革生行動で対応できるので、楽に学校へ登校します。
登校が楽な子どもたちにとっては、学校や学習が得意な領域、確定域なんですね。
それに比べて、マイペースで一人遊びが好きだったり、言葉の発達が遅かったり、気持ちの言葉が言えなかったり、変更が苦手だったりする子どもは、3人以上の集団が苦手で、身振り・絵・写真・文字はわかりやすいが、音声の指示に対して脳内イメージを持ちにくく、登校渋りや教室離脱が起きやすくなります。
登校渋りや教室離脱は、楽に適応できている大勢から見ると、「回避行動、マイナス行動」に見えます。
しかし、登校渋りや教室離脱の行動を取っている子どもの側の視点に立てば、「分からない、困っている、楽しめない、 SOS 」です。
登校渋りも教室離脱も、子どもにとっては、「自分の身の守り行動である」という視点が大切ですね。
その子の立場に立って初めて、登校渋りや教室離脱の理由が見えて来ます。
理由が見えてくれば、適応支援の方策が立ちやすくなります。
今回、P君の学校にお邪魔して、教室離脱の理由を探る機会に恵まれました。
係わり1日目 現勢の保障と同行
お付き合いの1日目、梅津八三の行動調整法が語るところの、「現勢の保章と同行」を私は心がけました。
P 君が、学校をどう認識しているのか、得意な領域は何か、共感の糸口を探ろうと思ったのです。
授業中の離脱先が、楽しい場所になってしまっては、教室の授業へ参加しにくいと考えて、たぶん好きだろうと思って持参した昆虫パズルは、「20分休みにやろう」と言って、見せるだけにしました。
見せたら「やりたい」と言ったけれど、休み時間と授業中の区別ができる子どもさんでした。
1時間目の国語の作文から 興味のある確定域は「宝石箱」
P君は、教室離脱先のダンボールで身を守りながら、1時間目の授業中は、国語の作文プリントをこなす力がありました。
担任の先生の作文プリントの構成枠が、分かりやすく書きやすい素晴らしいものでした。
ただ白い紙を渡すのではない、この枠が書きやすさを左右します。
指導力のある先生です。
その作文の文章から、彼が、宝石と宝石箱に興味を持っているということを知りました。
「宝石箱」が彼の確定域です。
2時間目の算数プリントは問題数を減らすと取り掛かる
2時間目の算数は、50問のプリント1枚を、私が先生から預かりました。
ダンボール基地に持って行って、半分に折って「やろう」と勧めました。
彼は、ダンボールで身を守りながら「やらない」と、私に押し返しました。
彼の反応から、問題量が多すぎると思い、4問ずつにハサミで切って渡すと、すぐに取り掛かりました。
この日は、50問中の30問ほどを、ダンボールの基地でやりました。
私が教室に届けて、担任の先生に、花丸をもらいました。
花丸プリントを見せると、それが嬉しくないのか、「丸はつけないで」と、私に言いました。
彼にとっては、教室で座って、50問のプリントに取り組めることが、花丸なのかも知れないです。
彼に、彼の価値観と、彼の考えがあるということが、わかりました。
担任の先生は一人だけなので、支援員が必要だと思われました。
緩衝行動パズルで一休み
P君は休み時間に歩いている時、いつもおへその辺りの T シャツやズボンのひもを手で触っています。
触覚運動系を満たしたいタイプのお子さんに見えました。
ブロック・レゴ・パズル・お絵かき・工作など、手を操作することが好きで落ち着ける子どもさんです。
20分休みに、はらぺこあおむしの木製パズルを、ダンボールの基地で一緒にやりました。
昆虫の23ピースパズルは、20分では終わらないと考えたからです。
彼も昆虫のパズルにこだわらず、反対はしませんでした。
素直な子どもさんです。
パズルは好きらしく、あれこれ自力で工夫して、下絵があるのとないのとで、はらぺこあおむしのパズルを2回やりました。
自分で操作を考えている時は、人のアドバイスは、耳に入らない様子です。
あるいはP君の目がパズルを見ているときは、耳からの外部情報は採用されない可能性がありました。
授業では、一事一指示の原則が、必要な子どもさんのようです。
苦手な音楽に踏み出せない回避行動は意図的に無視する
3時間目の音楽は、鍵盤ハーモニカと筆箱を持って、音楽室の手前の階段まで行ったものの、私が音楽室の位置を間違えて階段を1段上ったら、それをきっかけに階下の音楽室へ下りていく行動が途切れ、移動ができなくなりました。
ほんのちょっとしたきっかけで、行動が崩壊する様子が見えました。
なすべきことが、苦手だったり、嫌いだったり、億劫だったり、面倒だったりすると、行動が完成の方に向かわず、崩壊の方に向かう様子です。
ちょっとしたことで、注意がそれ、目的の保持が途切れます。
彼の2時間目までの様子から、この時私はすでに、マイナスの行動には付き合わない、声をかけない、意図的に無視して、先に良い行動モデルを見せると決めていました。
「待ってるからね」と言って、音楽室の廊下にいる彼を置いて、私は音楽室に先に入りました。
音楽の授業が始まりましたが、彼は廊下でゴロゴロしていて、カンカンと物音を立てて、我々の注意を引いていました。
彼が自律的・自発的に自己決定して、自分から参加することが大事に思えました。
それが、適応するという行動です。
回避行動に係わって、回避を強化してしまうのでなく、回避にはかかわらない。
適応行動のモデルになって、適応へ踏み出すように調整行動を形成したいと考えました。
彼を信じて、待つしかないと思いました。
10分くらい経ったところで、音楽室の後ろの出入り口から、彼は自分で入ってきました。
音楽のテストのプリントを一番後ろの席に置いておいたところ、半分くらい参加して書きました。
その後は、音楽室の低い窓から足を外に出して、外に出るような足の素振りを見せていました。
私は、マイナス行動は見ない、接近しないで意図的に無視するようにしました。
「座ろう」「プリントをしよう」「ピアニカをしよう」適応的な行動だけ、誘いました。
彼が誘いに乗らないからと言って、窓から出ようとする行動を注意したりすることは控えました。
結局、彼は窓から出たりせず、音楽の授業いっぱい、音楽室の後方にいました。
したことできたこと頑張ったことに声をかけて認める
教室へ戻る廊下を一緒に歩きながら「音楽室に入って、プリントも書いて、頑張ったね」と、声をかけました。
参加したこと、できたことだけ、声をかけるようにしました。
音楽は、聴覚過敏のある彼の苦手な領域、不確定な領域、不全感を持つ領域だと、後で本人から聞きました。
好きなこと・確定域は自全態となりやすく踏み出しに勢いがつく
4時間目、大好きな虫探しの「生活科」の時間で、自己決定で、廊下側一番後ろに用意した席に座り、先生の話を聞き、帽子をかぶって、彼も班ごとになって玄関へ向かい、校庭へ出て行きました。
「明日また来るね」と言って、1日目は4校時に、玄関でサヨナラしました。
回避行動を追わず適応行動に誘い自己決定の参加を待つ
夕方、担任の先生と、その他支援してくださる先生がたと、支援の方向性について話し合いました。
私から先生方に提案したことは、「逃げていく行動、マイナスの行動には関わらない。声かけに接近しない。声かけは適応的な行動のときにする。参加の自己決定を信じて待つ。」
そのような方向性をお願いしました。
物理的な環境整備
物理的な工夫として、彼用の机を、教室の一番前と一番後ろ、廊下、隣の空き教室に置くことにしました。
彼が授業離脱して閉じこもっていたアコーディオンカーテンのところのダンボールを、私は空き教室に移動させました。
担任の先生は、若いが特別支援教育にとても理解のある先生で、提出物のかご等の物理的な工夫や書き文字指示の工夫があり、細かな配慮がいたるところで実践されています。
私も先生に習って、朝なすべきことを視覚情報のカードにして、写真L判に5cm×13cmで印刷し、ラミネートして、1日目の朝、彼の机の端に置いてみました。
彼は行動のギアが入れば、段取りカードがなくても行動できます。
回避行動の原因を特定する
担任の先生に、いつから回避行動が目立ったか、インタビューしたところ、私の問いに対して先生から、以下のような手がかりが整理されました。
「4~5月は、前年度と同様の、黒板に近い一番前の特別席で参加できていた。
本が好きで、休み時間にはいつも本を読んでいた。
クラスで一番多く、図書室の本を借りている。
6月に席替えをした。
6月の後半ぐらいから、離脱やゴロゴロ横になる姿が目立つようになった。
7月に入って、図書室の本の貸し出しが無くなった。
同時期から激しい教室離脱となり、廊下のアコーディオンカーテンの隅でダンボールに閉じこもるようになった。
彼が好きな物は、昆虫や Minecraft の宝石で、大きなダイヤモンドの話ばかり、休み時間にしている。」
以上の先生の話から、離脱の原因2つと確定域1つが見えました。
①先生に世話をしてもらえて、授業に参加しやすかった座席を失ったこと
➁図書室の新しい本を、次々と借りて見ることが、できなくなったこと(休み時間の楽しみがなくなった)
①については、彼が選択的に座席を自己決定できるように、座席を前と後ろと廊下と隣の部屋の4つ、用意してもらいました。
➁については、担任の先生に許可をもらい、自宅から好きな昆虫図鑑などを持って来て、休み時間に見て良いことを、その夜のうちに私が保護者に連絡しました。
P君は、保育園時代、朝は登園を渋り、保護者と別れる時泣いて、集団活動が少し苦手で、マイペースな子どもさんでした。
お母さんにも、担任の先生にも、席が変わって残念なことを言えず、新しい図書を借りられなくなって、休み時間がつまらなく残念だとを訴えることができずに、授業離脱で SOS を出しました。
③彼の好きなものが Minecraft の宝石だということを、彼の作文と先生の話から知り、その夜私は、彼の好きなもの=確定域について、インターネットで探しまくりました。
適応支援の方向性の仮説
1日目の夜、P君の確定域の Minecraft 宝石写真と Minecraft 塗り絵をプリントアウトし、翌朝玄関で写真を見せて趣味の共感者になり、「休み時間の宝石の塗り絵を楽しみに、席に座って勉強を頑張ろう」と誘う計画を立てました。
P 君が授業離脱に至った理由の情報を2つ、P君の確定域1つから、適応行動形成の方針が立ちました。
以上が、P君の現勢を保障し、離脱行動に同行して、離脱の理由を探った、初日の様子です。
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