30 茶色短毛猫のお見送り
お母さん猫に出会って6年目、親の介護のため、実家に引っ越しをすることになった。
5年前、偶然にも野良猫を飼うことになり、庭のある家に居ついたお母さん猫が、引越しに順応するかどうかわからなかった。
通い介護で、2年ほど先延ばしにしていた、引っ越しだった。
狩り猫灰色が死んだことも、引っ越しを決断しやすくさせた。
住み慣れた郊外の家から、4キロばかり離れた市街地の実家へ、春に引っ越しをした。
お母さん猫を、日中何度か練習に連れて行き、今回の引っ越しをいい機会に、お母さんを完全室内飼いにすることにした。
年取った野良猫の茶色短毛猫を残して引っ越す
引越し先は庭も車庫もないので、連れて行けない茶色短毛のことが気がかりであった。
短毛のいる庭の車庫の、出入りサッシを10センチ開けておき、短毛が眠るとき、車庫で雨露をしのげるようにした。
私が仕事に行く朝は、引っ越し前の家の車庫に寄って、短毛の餌の茶碗に餌と水をやり、トイレを清潔にした。
餌がなくなっているうちは、安心だった。
短毛が、車庫で無事に寝泊りできている、証拠だったから。
しかし、短毛にも私たちの引っ越しがわかったのだろう。
あるいは、他のよそ猫に、車庫の餌を目当てにされ、車庫で闘いを挑まれ、病気ゆえに力なく負けて、車庫の寝床を放棄したのか。
残された茶色短毛猫のSOS
夏ごろから、短毛が車庫で餌を食べた様子がなくなり、短毛の消息がわからなくなった。
初冬のある夕方、引っ越し前の家に荷物を取りに寄る用事があり、私は暗い玄関へ向かった。
玄関の宅配便入れのダンボールに、骸骨のような短毛がいた。
生きていたのだ。
何も食べ物のあてがなく、病気が進んで骨と皮だけになって、おそらく、毎日我が家の玄関で、私たちの帰りを待っていたのだ。
私は、引っ越しを悔いた。
夕方我が家へ戻る習性の短毛に合わせて、仕事帰りに車庫をのぞいてやらなかったことを悔いた。
「餌をやって、居つかせておいて、見捨てて、ごめんね。短毛」
私は、風呂場の温水シャワーで、ダニだらけの短毛を洗った。
短毛には、もう抵抗する力はなく、短毛はまったく動かなかった。
電話を入れて、動物病院に連れて行った。
獣医さんは、栄養剤の注射と、水分補給の注射をしてくれた。
車庫に連れ帰って、毛布と柔らかいベッドを用意して、短毛を寝かせた。
その晩、短毛は、逃げなかった。
もう、どこへも動く力がなかった。
最期の入院
翌日の夕方、獣医さんに相談すると、短毛を入院させてくれるという。
私は依頼した。
2日目も、危篤状態の短毛の安否が、一日じゅう気になった。
せめて、最後は、看取ってやりたかったのだが‥‥‥。
獣医さんに預けて3日目の午後、獣医さんから「静かに息を引き取りました」と、電話があった。
泣けた。
手厚く看護してやれなかった短毛だけに、引っ越しで別れた後悔で泣けた。
短毛が我が家へ現われたとき、短毛に目薬を差してやった。
頭を撫ぜてやった。
汚い毛をすいてやった。
しかし私は、私が歩くたびに私の足元に擦り寄ってくる、目のただれた短毛を、生きている間はとうとう一度も抱いてやらなかった。
みんなの眠る金木星の根元に
獣医さんから渡された短毛の、硬直した身体をバスタオルで巻いて、そっと抱きしめた。
お疲れ様、短毛。
冬が来る前に、楽になれたね。
短毛を、クロ、母似、灰色が眠る、金木犀の近くに深く埋めた。
猫にも天国があるのなら、天国でクロと母似と灰色の父親として、威張って暮らしてほしい。
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